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宇宙宣教へのチャレンジ

1.M星への移住

「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。」

この御言葉を読み終えると、佐藤先生は深くため息をつかれた。そして心持ち顔を上にあ

げて目をつぶり、口を閉ざしてしまわれた。こんなことは1度や2度ではない。宗教の時

間となると、決まって先生はこの箇所を読み、そしてため息をつかれるのである。僕は、

「またか」というようなクラスの雰囲気を見て、「先生、どうぞ授業を続けてください」

と小声で言った。

 30世紀の半ば頃に、佐藤先生は他の大勢の人たちと一緒にこのM星へ移住してこられ

た。先生の故郷の地球という星がとうとう住めなくなったからだ。それまで地球では一生

懸命、地球を救うためにみんな頑張ったらしい。先生も、今ではこのミッション・スクー

ルのただの宗教の先生だけど、地球では偉い学者さんだったそうで、エコロジー神学とい

うのを掲げて、みんなといろいろな運動をしたと聞いている。それでも、結局、地球は駄

目になった。すごくそれが先生にはショックだったみたい。このM星は地球の最先端の技

術でほとんど地球と同じ環境なんだけど、どうもそのことで先生は元気がない。どうして

も地球が忘れられないようだ。「あのときこうすればよかった」とか思って心残りなのか

もしれない。

 元気がないのは佐藤先生だけじゃない。教会が全体的に元気がない。最初は移住してき

たクリスチャンのためにこのようなミッション・スクールをつくったりして頑張っていた

けど、もう30年もたつと、沈滞ムードがどうも強いようだ。佐藤先生と同じように、地

球が駄目になったことに責任を感じ、心を痛めているクリスチャンは案外多い。それに、

「なぜあの時神は助けてくれなかったのか」といって不信仰に陥ってしまった人も多かっ

たと聞いている。M星では最初から国教会制を採っているので、牧師は言ってみれば公務

員。その地位の安定を求めて、そんな不信仰なクリスチャンでも神学校に行って牧師にな

っているとか。いいのかなあ、そんなことで。大人の世界ってよくわからない。とにかく

この星の教会は元気がない。それだけははっきりしてる。

「和雄君は地球を知っているかい。」

先生はわかりきったことを聞く。

「知りません。」

悪いと思うけど、僕は本当のことを言う。そして、また沈黙が続く。

 僕は地球を知らない。先生たちがここに移住してきたのが30年前。僕が今17歳だか

ら、当然知っているわけがない。僕はM星生まれのM星育ち。地球のことは、パソコンの

ソフトでちょっと知ってるぐらい。多分今、先生は地球の思い出に浸っているのだろう。

でも、残念だけど、僕たちはその思いを共有することは出来ない。

「地球は良かったよ。うん。地球はよかった。みんなに見せてやりたかったなあ。」

 ほとんど呟くように、遠くを見ながら、先生は言った。先生の視線の先には、窓越しに

暗い宇宙空間があるだけだった。

 辛い思いだって、あったはずだ。そう思う。決して、いい思い出ばかりじゃなかったは

ずだ。それに、そんないい所だったのなら、何で住めなくなっちゃったんだ。地球を美化

してるんじゃないか。

 「私の思いなど誰もわかってはくれないんだ。」そんな先生の思いを漂わせながら、宗

教の時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.知的生命体

 朝から和雄の教室は今朝のニュースのことでもちきりだった。それは、S星で知的生命

体が発見された、というものだった。しかし、そのニュースははなはだ曖昧で、それが人

間のような生物なのか、それとももっと違う生物なのか、はっきりしなかった。だからこ

そ方々で論争が巻き起こった。いつものことだが、大人たちはある程度冷やかな目でこの

ニュースを見ていた。しかし、和雄ぐらいの年代の子供たちには、この大ニュースを冷め

た目で見ることが出来るような余裕などなかったのである。テレビもラジオもインターネ

ットも、この話題でもちきりだった。

 しかし、あまりにこのニュースが曖昧だったことと、続報が思ったほどなかったことか

ら、しばらくするとそのニュースは忘れられていった。そうこうしているうちに和雄は高

校を卒業し、大学で学ぶようになった。

 そんなある日、また大ニュースが世間を揺るがした。それは、以前の曖昧な情報ではな

く、今度ははっきり、S星で知的生命体が「確認」された、ということ、そして、それは

ほとんど私たち人間と変わりない存在である、ということであった。人々はこの「確認さ

れた」という言葉に心引かれた。「これは確かなことだ。」そう人々は思った。

 和雄はその頃、クリスチャンになっていた。中学、高校とミッション・スクールに通っ

て、聖書の言葉を聞いていたものの、自分のこととして受け止めていなかったのだが、僕

の人生の意味は何か、という問いに直面し、自分から教会に通うようになったのである。

そのうち、聖書から「罪」ということを教えられ、また、罪からの救い主イエス様のこと

を聞くうちに彼の心の内に信仰が与えられ、受洗へと導かれたのである。彼は自分の使命

について、思いを馳せるようになった。人生の意味とは、という問いには、解決が与えら

れた。人生の意味、それはイエス様のために生きること。彼の内にはその確信があり、ま

た求めていた答えが与えられたことによる喜びがあった。しかし、それでは具体的に、私

は何をしていったらよいのか。彼は考えた。そんなとき、彼が思い出したのは彼が一番最

初に神様の存在を知ったときのことである。宗教の時間で、神様のことは聞いていた。し

かし、それはほとんど神話のような感じだった。だが、20歳になり、人生の問いの答え

を求めるようになって、御言葉から、この世界を支配しておられる神様がおられることを

「知った」とき、言いようもない喜びが、彼の内に沸き上がったのだった。「神様がおら

れるんだったら、確かにこの人生には意味があるに違いない。」こういった安堵感があっ

た。あれは宝くじに当たった喜びよりも大きかっただろうな、と彼は思う。そのことを思

い出すと、「この素晴らしい神様のことを、どうしてもみんなに伝えたい」という思いに

駆られるのである。まして、この偉大な神様が救い主を遣わしてくださったのだ。信じる

だけで、何ら良い行いを必要とせず、恵みによって救われるのである。この良き知らせを

伝えずにいられようか。

 そのように、伝道への思いが強まる中、彼はあの大ニュースを聞いたのである。初めの

うちは、数年前のこともあるし、どうせまた誤報だろう、と思っていた。しかし、その後

の続報が、そのニュースの確かさを証明していったのである。和雄も、このニュースが信

用すべきものであることを認めずにはおれなくなっていった。

 そのうち、こんな思いが彼の内に沸き起こってきた。「S星にも、僕たちと同じような

人々がいるんだったら、彼らも福音を必要としているんではないか。」度々、S星の環境

のこと、住民たちの容貌、使われている言語のことなどが報じられる。しかし、誰も「彼

らも福音を求めている」などとは報告しない。もしかして、そのようなものを彼らは全く

必要としていないかもしれない。しかし、誰に教えられたのでもなく、和雄の心にはその

ような思いが生まれてきたのである。「S星に行ってみたい。そして、彼らに福音を伝え

たい。」真剣に、彼はそう思うようになっていった。

 ある日曜の午後、彼は教会の婦人伝道師に彼の胸の内を話してみた。伝道のスピリット

に燃える彼女は、和雄の途方もないような話を真摯に受け止めてくれた。しかし、次の言

葉は、彼の胸を鋭くえぐるようなものだった。「立花君、でもね、もし宣教師になるのだ

ったら、神様からの召しが必要よ。」自分の熱心さではなく、神様からの召し、言ってみ

れば神様からの承認がなければ、そのような働きに就くことはできない。そのことを知っ

て、彼は気が重くなってしまった。出来れば、僕を召して欲しい。でも、それに相応しい

だろうか。和雄は考え込んでしまった。

 それからというもの、和雄は聖書を読むたびに、「召し」とか「召命」という言葉が気

になって仕方がなかった。「もしかして神様はこの御言葉によって僕を召しておられるん

じゃないか。」そんな風に思うことがしばしばあった。それでも、今一つ確信がない。彼

は神様に、自分を宣教、しかも宇宙宣教に召してくださることと、その確信を「僕にわか

るように」与えてくださるように、日々熱心に祈り続けた。

 これから大学の3回生になろうとしていた2月のこと。和雄は一人暮らしのアパートで

御言葉を読み、祈っていた。M星は太陽光線が届かないので、人工太陽が使われている。

人々が地球から移住してきた当初は1年中同じような気温に設定していたが、そのうち四

季の変化がないことに不満が出て、5,6年前からは夏の時期は暑く、冬の時期は寒く気

温を設定するようになっている。従って、冬の寒い時期、彼は一人静まって神様の御心を

求めていたのである。

 そのとき、彼は心の内に、「あなたは何を求めているのか」という声を聞いた。確かに

そのような語りかけがあったように思えた。祈りの中で彼は「主よ、それはあなたの御心

を知ることです。僕は宣教の働きをしたい。でもそれがあなたの御心なのかどうか、知り

たいのです。」と神様に返答した。すると、テモテへの手紙第二の4章2節が示された。

どんな御言葉か、期待しながら聖書を開くと、そこにはこう記されていた。

「みことばを宣べ伝えなさい。」

 そのとき和雄がガッツポーズをしたかしなかったかは、定かではない。しかし、やっと

神様の答えがわかった、という喜びは大きかったに違いない。心からの感謝と賛美を神様

にお捧げして、彼は平安の内に眠りに就いた。

 ところが、人間は弱い者である。次の朝起きると、もう和雄は不安になってきた。果し

て昨日の出来事は本当だったのだろうか。ただの自分の思い込みなのではないだろうか。

そう思って、彼は取るものも取り敢えず御言葉を開いた。目に留まったのは、イザヤ書の

55章11節の御言葉で、「そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなし

く、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い

送った事を成功させる。」とあった。また彼は飛び上がらんばかりに喜んだ。胸の高鳴り

を覚えた。彼が「神様からの召しを受けることはエキサイティングな事件だ」と思ったの

はそのときのことである。祈りが聞かれ、神様は本当に「わかるように」召しの確信を与

えてくださった。彼はそのことに心から感謝したのだった。立花和雄がこのように宇宙宣

教の召しを受けたのは20歳の冬のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.スタートと挫折

 立花はA大学を2年で中退し、Kルーテル宣教大学に移った。A大学にも神学部はあっ

たが、自由主義神学の影響を受けていたし、ルーテル系ではなかったので、丸々4年かか

るけれども、敬虔主義の伝統を受け継ぐKルーテル宣教大学の方を選んだのである。

 クリスチャンの両親は、和雄が何の相談もなしに進路を変更したことを快く思わなかっ

た。和雄としては、両親はクリスチャンだから、自分が献身すると言ったら喜んで応援し

てくれると思っていた。ところが実際はそうではなく、将来生活が出来るのか、それを心

配し、ことあるごとに考え直すように、和雄に働きかけた。

 そのことは予想外だったが、「霊に燃えていた」和雄は、あまりそのことにとらわれな

いで、自分の道をまっしぐらに進んでいった。ミッション・スクール時代の恩師の佐藤先

生にも、何年か振りに訪ねていって報告をした。献身のこと、宇宙宣教のビジョンのこと

を話すと、目を丸くしながらも、喜んで聞いてくれた。先生はもう60歳を越えている。

地球の環境が変わり、大体人生50年と言われるようになって久しい。このM星でも、そ

れはあまり変わっていない。だから先生はかなりの「高齢」ということになる。しかし、

決して「老人」には見えない。つまり、もう最近は、老人がいないのである。かつて地球

では高齢者問題があったようだが、今そのような問題は存在しない。「私がもっと若かっ

たらね。」先生は口を開いた。「何だか胸がわくわくするような話だから、是非とも仲間

に入れてほしいぐらいだよ。でも残念ながら私もそう長くはない。せいぜい後ろから応援

することとしよう。」暖かく、先生はそう言ってくれた。地球ではエコロジー神学の第一

人者として鳴らした神学者である。先生の発言力は大きい。その先生が後ろ楯になってく

ださったら、これほど心強いものはない。立花は益々勇気づけられて、帰途についた。

 宣教大学では、彼はよく学んだ。もともと勉強することは好きだったので、あれやこれ

やといろいろなことに手を出して、貪欲に知識を吸収していった。佐藤先生が博士号を持

っていたので、立花も「ドクターを取りたい」という思いに駆られることもあった。学ん

でいると、このまま学び続けて、学者の道を歩む方がいいのでは、と思うこともしばしば

あった。しかし、そんなとき、神様からの召しを思い起こし、「学者ではなく、宣教師に

なるんだ」と自分に言い聞かせるのだった。

 不思議にも、彼のもとには「宇宙宣教」という彼と同じようなビジョンを持つ神学生が

集まった。旧約を専門に学ぶ古井、伝道のスピリットに燃える愛川、そして「宣教大学の

神秘主義者」と呼ばれる神山である。彼らはよく語り合った。午前中の授業のあと、必ず

と言ってもいいほど彼らは集まり、自分たちのビジョンについて分かち合った。それは学

生室でのときもあれば、外に出て、人工芝の上に寝そべり、居住区を覆う大きな透明のド

ームを見ながらのときもあった。とにかく語り合って飽きることがなかった。

 4人が3回生になった頃、誰からともなく、卒業後実際に宇宙宣教の働きに就けるよう

に、今から運動を始めよう、ということになった。4人はそれぞれ別のルーテル教団出身

だったので、まずそれぞれが自分の教団に働きかけることにした。

 しかし、どの団体もそう大きくはない。半年ほどかけて宇宙宣教の必要性を説明し、議

長や常議委員会と話し合ったが、どの団体も経済的な問題で首を縦に振らなかった。それ

に加え、愛川や神山が学びよりもこの運動に力を入れ過ぎている、ということで批判の声

も上がってきた。

 秋の涼しい頃、4人が決めたことは、自分たちの団体が駄目なら、その枠を越えて広く

キリスト教界に運動を広めよう、ということであった。彼らは運動の拡大のために「チャ

レンジ1615(マルコ16:15 の宣教命令から命名)」というグループ名を掲げ、まず、

日刊クリスチャン新聞に寄稿し、宇宙宣教への啓蒙を図った。その論旨は、神は旧約聖書

においても、新約聖書においても、一貫して「全世界」への宣教を望んでおられること、

そしてその「全世界」は当然S星をも含むのだ、ということであった。

 反響は大きかったが、そのほとんどは批判的な意見であった。保守的な教会のほとんど

は、「S星の人々の救いが神の御心であるならば、人の手によらず、神ご自身が働かれて

彼らを救われるのだ」と主張し、チャレンジ1615の論を否定した。自由主義的な教会

は、マルコの福音書16章15節は本文批評上非常に問題のある箇所であり、そのような

御言葉を土台にして運動を展開しようとするのは全くのナンセンスだ、と一方的に決めつ

けた。その他にも、S星の言語の分析が思ったほど進展していないことを理由に、宣教の

可能性を疑問視する意見もあった。4人は最初からうまくいくとは思っていなかったもの

の、あまりの反対意見の多さに圧倒されてしまった。

 しかもなお悪いことに、積極的にこの運動を支援してくれるはずだった佐藤先生が天に

召されたとの知らせが入った。これによって立花が受けたショックは大きかった。勿論、

恩師を失った悲しみは深かった。しかし、それだけでなく、彼の強力なバックアップをか

なりあてにしていただけに、これからどうしたらよいのかと、途方に暮れるような思いに

もなったのである。

 更に追い打ちをかけるように、4人の両親からの反対が起こった。立花以外の3人の両

親はクリスチャンではない。とうてい、彼らには息子がしていることを理解することが出

来なかった。立花の両親も、あまりのキリスト教界からの批判の多さに、心配と不安を募

らせる一方だった。

 心弱りがちな冬を過ごし、春となり、4回生に進級すると、4人とも、心の中に広がっ

てくる「これでいいのか」という疑問を押さえることは難しくなっていった。誰一人口に

は出さないが、S星宣教など本当にできるのだろうか、という不安が、ひとりひとりの中

に生まれていた。

 

 

 

4.「だれでも、手を鋤につけてから…」・・・別れと出会い

 4回生になり、卒論も忙しくなってくると、益々4人はチャレンジ1615のミーティ

ングどころの話ではなくなっていった。それに、卒業生の中にも彼らの行動を疑問視する

教職が多く、迂闊な行動は控えなければならなくなってしまった。

 そんなある日、夏に向けて人工太陽の日差しも強くなってきた頃、急に古井がチャレン

ジ1615から離れると言い出した。

「どうしたんだよ、急に。」

立花は咎めるように言った。

「詩篇にはたくさんの世界宣教への促しがある、って熱心に言ってたのは君じゃないか」

愛川も何とか古井を説得しようとして口を挟んだ。

「でもね」

古井の言葉には冷めた響きがあった。

「F.ラーテの旧約神学を読んだらさあ、考えが変わったわけさ。」

「ラーテって、100年ぐらい前の地球の神学者のことか?」

立花が尋ねる。

「そう。彼によるとだねぇ、旧約聖書は歴史的な面において、あてになんないそうだよ」

「そんなことが書いてあんのか?悪魔の書だな、それは。悪霊追い出しをしなきゃ。」

神山が言う。

「悪魔の書なんかじゃないさ。立派な神学書だよ。言ってることに間違いはない。今まで

マジで聖書信じてたけど、こりゃ間違いだったな。宣教の必要なんて、あるのかねぇ」

「おまえ本気で言ってんのか?」

すぐ熱くなる愛川が古井に詰め寄った。

「ああ、本気だ。旧約聖書は神の言葉なんかじゃない。信じる価値のない、人間の書だ。

そんなのに命懸けるのなんて、馬鹿らしいと思わない?悪いが、僕は降りるよ。」

 3人は必死で彼を説得しようとしたが、それは無理だった。神山は何日も徹夜で祈った

が、古井がチャレンジ1615に戻ってくることはなかった。それだけではない。信仰を

失ってしまった古井は、結局卒業を前にして宣教大学を退学してしまった。

 立花は嫌な予感がした。熱心さによって繋がっていた4人だし、チャレンジ1615は

それでもっていたような運動だった。だから、一人が去った今、それで止まらず、連鎖反

応が起こるのではないか、と思ったのだった。

 その予感は残念ながら当たっていた。

「親父が死んだ」

ぼそっと愛川が言った。教室でそれを聞いた立花と神山は何と言っていいかわからなかっ

た。

 2人は愛川の実家に向かった。お通夜から葬儀まで、彼らはそこにいて、何呉と手伝い

をした。しかし、2人ともクリスチャンだということで、あまりいい目では見られなかっ

た。また、教会のことばかりに夢中になって、親を大事にしなかった、と愛川が面と向か

って親戚から非難されている場面にも何度か遭遇した。2人の心は重かった。

 家族の救いを、愛川は何よりも求めていた。熱心に証しをしていた。一度両親を学校に

連れてきて、中を案内してあげたことがあった。そのとき、「クリスチャンの学校に未信

者の両親が来てくれた」と喜々としていたとを2人は痛みをもって思い出した。「愛川君

は決して親を粗末に扱ってはいなかった。」彼らはそう確信していた。事実、彼の母はだ

いぶ福音に心を開いていたようだった。しかし、今回ご主人が主を信じないままで亡くな

ったことがどのような影響をもたらすだろうか。

 1週間ばかりして、愛川は学校に戻ってきた。見るからに元気がなかった。

「やっぱり愛川君は元気がないね。」

神山は立花に小声で言った。

「そりゃあそうだろうな。彼があんなに家族の救いを求めてたのに、そのお父さんが信仰

を持たずに亡くなってしまったんだからね。」

「でもさあ、誰もお父さんが信仰を持ってなかった、って言い切れないよね。神様がどの

ように彼に働きかけられたのか、誰もわからないんだからさ。」

そう言ってもきっと慰めにはならないだろう、と思いながら、呟くように神山は言った。

 チャレンジ1615をやめる、と愛川が言い出したのはそれからすぐのことだった。秋

の涼しい季節。人工太陽も、だいぶ日差しを弱めてきた頃だった。ススキも紅葉も落ち葉

もない、そんな全く秋らしくないM星の秋、でもなぜかふと寂しさを心に覚えるような季

節に、愛川は去っていった。理由は、父の死だった。「もう神様なんか信じられない。」

この一言を言うのさえも、彼は必死だった。彼の心の中の複雑な思いを察し、立花も神山

も、涙を必死で堪えながら愛川の言葉を聞いた。彼を止めることは出来なかった。

「結局2人になってしまったな。」

立花が寂しそうに言った。ドームで密閉されて、居住区には風など吹かないはずなのに、

冷たい秋風が2人の前を通り過ぎていったように思えた。

 2人ではなかった。神山も、この運動を離れることになったからである。彼の理由は、

他の2人と少し違っていた。前から彼は聖霊運動に興味を持っており、そのような発言も

多かった。それでもルーテル教会には留まっていたのだが、とうとう本腰を入れて聖霊運

動に身を投じることになったのである。

「やっぱり聖霊だよ、立花君。」

満面に笑みを湛え、神山は立花に言った。その張りのある声、それは彼の内面の喜びを反

映しているかのようだったが、立花は笑顔を返すことが出来なかった。神山の決断の背後

に、「不信仰」がありはしないか、と思ったからである。聖霊運動が悪いというのではな

い。多くのクリスチャンたちが自分から求めてそこに入っていっている。それは良い。し

かし、神山の場合は、目の前で2人の友人が信仰を失っていったこと、そして、言ってみ

れば自分の青春を懸けていたチャレンジ1615の運動が結局実現しそうにないこと、こ

の諸々のマイナスの体験から、「神への疑い」を持ってしまったのではないか。それを隠

すために無理に自分を奮い立たせ、聖霊運動に入っていこうとしているのではないか。ど

うも立花にはそう思えるのだった。

 立花は1人になった。彼にだって、疑いがあった。「みことばを宣べ伝えなさい」とい

う神様の御声は偽りだったのだろうか。そのような思いが頭をよぎることは1度や2度で

はなかった。

「もうやめようか。」

疲れも覚えてきた立花は、ほとんどこの運動をあきらめかけていた。

 しかし、あきらめ切れなかったのには、理由がある。それは、12月に、彼が属する教

団の東北教区のホールを借りて、チャレンジ1615の集会を予定していたからである。

個人に近いような小さなグループが、一つの教区のホールを借りることなど、不可能に近

いことだった。しかも、クリスマスの時期である。だが、ちょうどそのホールに親しくし

ていた宣教大学の先輩が勤めていたので、その関係で1年前から交渉して、何とか融通し

てもらったのである。これをみすみすキャンセルするわけにはいかない。それに、ルカの

福音書には、「だれでも、手を鋤につけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしく

ありません」という主イエス様の御言葉がある。チャレンジ1615の働きを始めた、こ

れは手を鋤につけたことだ。ここでやめたら、私は他の星にも神の国を広めるという働き

に相応しくない者となってしまう。それは嫌だ。

 と言ってもスタッフがいない。学生室で腕を組んで考え込んでいたとき、1人の学生が

入ってきた。11月である。セーターを着込んだ女性だった。

「あの、先輩、何か困ってらっしゃるんですか?」

1回生の恵美(めぐみ)だった。あわてて立花は、

「あ、いや、大したことじゃないんだけどね。」

と答えた。

 そこから会話が始まり、立花は恵美に来月のチャレンジ1615の集会のことを話し、

恵美は喜んでそのお手伝いをする、ということになった。

「じゃあ先輩、また明日の午後ね。」

さわやかな笑顔を残して、恵美は学生室を去っていった。

 ただそれだけのこと、立花はそう思おうとした。しかし、不思議なことだ。あの笑顔が

忘れられないのである。人を包み込むような笑顔。忘れようとしても、それは瞼に焼きつ

いたように、彼の頭から離れていかない。

「恋かね、こりゃあ。」

その晩そう呟いて、彼は布団にもぐり込んだ。

 それからというもの、順調にチャレンジ1615の集会の準備が進んでいった。恵美の

提案で、クリスマスも近いことだし、クリスマスの音楽を中心にした集会にして、その中

で御言葉から立花が宇宙宣教について奨励をすることになった。以前には全然知らなかっ

たことだが、高校の頃まで恵美はフルートを学んでいて、かなり器用に演奏することがわ

かった。恥ずかしがる恵美をやっとのことで説得して、集会のときにフルートで賛美して

もらうことにした。また、立花はクリスチャンである両親が「将来奏楽の奉仕が出来るよ

うに」と願ってピアノを習わせていたので、巧みにピアノを弾く。ピアノは立花自らが担

当することとした。

 選曲から練習に至るまで、2人での準備は楽しかった。準備だけでなく、2人はよくい

ろいろなことを語り合った。その中で、彼女も宇宙宣教について、関心を持っていること

がわかった。そのときは明かさなかったが、実は彼女は数年前立花が積極的にチャレンジ

1615の運動をしているとき、その熱心さに心動かされ、宇宙宣教のための祈りを始め

たのだった。そしてその思いは立花個人への関心へと発展し、彼のいる宣教大学へと進路

を定めさせたのである。

 あまりに話が合うので、立花は怖いぐらいだった。「同じビジョンを共有している。」

これは数年前、古井たちに出会ったときに抱いた喜びと似たものだった。しかし、それは

あくまでも「似た」ものであって、「同じ」ものではなかった。というのは、すでに立花

の心には、彼女をこの運動と、また生涯のパートナーとして見る思いが与えられていたか

らである。

 しかし、立花はこの思いを彼女に打ち明けることがなかなか出来なかった。それは、恵

美の方が自分をどう思っているのか、わからなかったからである。好意を持ってくれてい

ることは確かだ、と彼は思う。しかし、彼女は年下である。昔ならともかく、現代におい

ては、男性が年下の女性と結婚することは実に珍しいことである。大体男性は年上の女性

と結婚することが普通である。そのような社会通念に逆らって、恵美と結婚することに益

があるだろうか。しかも、自分は「宇宙宣教」という、ちょっと他人とは違ったことをし

ている人間である。それでなくても風当たりが強いのに、わざわざ年下の女性と結婚して

波風を立てるようなことは控えるべきなのではないか。そのように思った。

 何とか心を整理しようとしても、どうも落ちつかない。集会2週間前になった。準備も

大詰めである。それなのに、立花の心の中は千々に乱れている。最近体重が少し減った。

これでは集会に悪い影響が出る。

「はっきりさせよう。」

 観念してそのように思ったのは、その2、3日後のことだった。その日すべき事を一通

り終えてから、意を決して、立花は口を開いた。

「あのね、恵美さん、突然こんなことを言うのは何だけど、僕は君に憧れてるんだ。」

何とも曖昧な言葉。でも、ストレートな言葉より、駄目だったときに傷つかないだろう。

そう思って選んだ言葉だった。

「え!先輩、私、光栄です!」

 恵美から返ってきたこの言葉に、一瞬立花は戸惑った。しかし、すぐに、それが"NO"

という返事ではないことがわかった。自然に笑顔が生まれた。そのときの笑顔を、立花は

忘れることがなかった。

 12月の集会は大成功だった。それは音楽中心の、親しみやすいプログラム構成にした

からかもしれない。何人か、チャレンジ1615の働きに加わりたい、と申し出る教職や

信徒が起こされてきた。そんな中、立花は無事宣教大学を卒業し、神様の導きを確信して

恵美と結婚した。地球のように桜はなかったが、うららかな春のことだった。恵美は取り

敢えず将来の働きのために、残りの3年の学びを続けることにした。念願通り東北教区の

小さな教会の牧師に就任した立花は、妻が学業を続けているため、ほとんど主夫のように

なりながら、牧会と家事に専念する日々が続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5.一粒の麦

10月13日(月)

 宣教大学を卒業し、教区の牧師となって、はや15年が過ぎようとしている。私ももう

40だ。そろそろ具体的にチャレンジ1615の働きの実現を目指さなくてはならない。

昔と今とはだいぶ様子が変わった。S星の言語の解析も進み、パソコンのソフトもちらほ

ら出てきている。また、最近の研究では2つの方言があることもわかってきたようだ。S

星への交通の便もかなり良くなってきた。ちょっと前までは5,6年はかかったけれど、

最近は1,2年で着くようになった。今開発中の、私たちの体を電気的信号に変えて向こ

うまで転送するシステムが完成したら、もっとその時間は短縮されるだろう。なぜ15年

も待ったのだ、どうしてもっと早く取りかからなかったのだ、という声もある。しかし、

これも神の時だと思う。最近は宇宙宣教に対する理解もだいぶ広がってきた。この教区だ

けでなく、ほかの教区でも、宣教祈祷会が開かれていると聞いている。来月には、教団で

私たちの支援グループが結成される。さあ、S星までもう少しだ。

 

         †         †         †

 

「和雄さん、郵便が届いてますよ。」

恵美が分厚い封筒を和雄に渡した。

「おお、来たか来たか。待ってたんだ。」

喜ぶのも無理はない。この封筒の中には、S星への旅行のパンフレットが入っているから

である。勿論和雄は旅行に行くのではない。しかし、今S星に行こうと思ったら、このよ

うな旅行パックを利用するしかないのである。

「さあみんな、これがS星への旅行のパンフレットだ。」

次の日、チャレンジ1615のオフィスに和雄はそのパンフレットを持っていき、スタッ

フに見せた。この旅行社を探してきた大川も嬉しそうに眺めている。M星の居住区すべて

を見渡せる高台に立つオフィス。その中に、希望を胸に抱いた立花たちがいる。

 そのとき、何気なく、

「立花先生、この旅行社ってクリスチャンの旅行社ですか?」

と細井が尋ねた。

「あ、大川さん、どうだったかな。」

「いやぁ、確認してないですけど、みんな煙草スパスパ吸ってましたからねぇ。多分クリ

スチャンじゃないと思いますけど。」

「え、大川君、クリスチャンの団体じゃないのかい。」

細井が鋭く突っ込む。

「はあ、何ともはっきりは申し上げられませんけど、その可能性は高いと思いますが。」

それに答える大川の声には自信がない。それはただ答えが不確かだから、というだけでは

ない。いつも口うるさい細井が、そんな細かいことにこだわって厳しく追求してきたから

でもある。

「細井さん、まあそれはどちらでもいいではないですか、とにかくS星に行ければね。」

雰囲気を察して、立花は口を挟んだ。

「先生、そこがルーテル教会の甘いところです。いつか私は言おうと思っていたんだ。大

体ですよ、こんな大事な主のための働きを、未信者とするわけにはいかないじゃないです

か。聖書にも、釣り合わぬくびきは負うなと書かれていますよ。それなのに、何ですか、

『どちらでもいい』とは。これはどちらでもいいことでは決してありません。聖なる主の

働きなんですから、絶対クリスチャンの旅行社を探すべきです。」

最後にセラミックの机をドン、と叩いて、細井は烈しい口調で言い放った。細井は50歳

を過ぎており、立花は40歳になったばかり。何かと若い立花に厳しい細井である。しか

し今日はいつもとは違っていた。いつもの修復可能ないざこざとは違う、何か決定的なも

のが感じられた。細井は大声でドアに開くように命令し、それが開くか開かないかのうち

に荒々しく出ていった。

 その出来事以降、立花派と細井派にチャレンジ1615は分裂し、それぞれ独自の歩み

をしていくことになった。細井たちはマタイ28・19というグループを組織し、宗教法

人格を取得、法人格のないチャレンジ1615を凌ぐ大々的な活動を展開していった。

 立花たちはこの夢の実現間近の分裂に心傷めながらも、大川の探してきた旅行社との交

渉を進め、S星への渡航の日程の調整と、15万ドルという莫大な費用の調達に余念がな

かった。

 一方細井派は、懸命になってクリスチャンの旅行社を探したが、そのほとんどはS星へ

のルートを持っておらず、持っていたとしても定員割れで渡航の見通しが立たない所ばか

りだった。そのうち、細井は無念のうちに召され、事実上、マタイ28・19の活動は空

中分解という形になった。

 内部分裂という手痛い打撃だけでなく、外部からも再び痛烈な批判が沸き起こった。そ

れは、ある日の日刊クリスチャン新聞の夕刊に掲載された匿名の投書だったのだが、盛ん

な立花たちの献金アピールを見て、この運動はただの立花たちの野望なのではないか、と

いう鋭い指摘だった。確かに、彼らは熱心に献金のアピールをしていた。そして、「そん

なにお金がないのだったら、最初からそんな計画を立てるな」という批判が起こりつつあ

ることも知っていた。しかし、現実に、資金が必要なのである。神に祈りつつ、神が人々

に働かれることを期待しながら、危険を承知で、彼らは運動を続けていたのだった。それ

が、見事に裏目に出た。続いて、その数日後、今度は朝刊のしかも社説に、チャレンジ1

615の運動を疑問視する意見が載った。これ以後、献金の額はがたっと減った。いくら

立花がピアノを弾き、恵美がフルートを吹いても、人は集まらなくなった。

 そんなとき、確信が揺るがなかったら、それほど問題ではない。しかし、スタッフに給

料を払えない週が続くと、さすがに立花の心にも動揺が生まれてきた。もしかして、これ

は本当に「私の」思いだったのかもしれない。そう思うことが増えた。オフィスの席に着

いても、眼下に広がる素晴らしい眺めなど目に入らず、うつむいて物思いにふけることが

多くなっていった。

 恵美はそんな様子を気掛かりに思い、デートに誘ったり、和雄の好物をたくさん作った

りして彼女なりに彼を励まそうとするのだが、どうもうまくいかなかった。和雄が声を荒

らげることも度々だった。

 夏に向かおうとしているある日、人工太陽の強い日差しを受けながら、立花はオフィス

に向かっていた。入口のドアの所に来て、開くように命令しようとしてふと何気なく横を

見ると、壁に何かが記されていた。

「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。」

これはテモテへの手紙第二4章2節の御言葉で、8年前にこのオフィスを献堂したとき、

彼自身が刻んだものである。最近気が滅入り、うつむいてばかりいたので、この文字が目

に入っていなかったのである。「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっ

かりやりなさい。」彼は声に出して言ってみた。そして、特に、後半部分を何度も何度も

繰り返した。「時が良くても悪くても。」そう、今は時が悪いかもしれないけど、しっか

りやるんだ。何と言っても、この働きをすることは主の御心なんだから。再び彼に確信が

戻ってきた。あまりの喜びに、オフィスに入るとき、ドアに開くように命令することをも

う少しで忘れ、ドアにぶつかるところだった。

 そのあとは、順調に物事が進んだ。その秋には、必要も備えられ、S星に向かうことと

なった。S星の言語解析のため最新のソフトも入手した。それに付録として付いていたS

星人生活事典は映像入りであり、実際的な宣教の準備のためにたいへん重宝した。

 

         †         †         †

 

 以下は、チャレンジ1615宣教開始130周年記念文集からの抜粋である。

「…かくして、立花宣教師夫妻は3010年の11月、主からの大志を抱いて、M星からS星に向けて旅立った。その2年後、S星に到着し、数ヵ月間の現地調査の後、宣教開始。S星の文脈の中に福音を翻訳していくことを目指して、宣教を進めた。まず、彼らは音楽の持つ効果の重大さに注目して、彼らの音楽を研究、彼らの心に届くような賛美の開発に従事した。また、聖書をS星語で読むことの重要性を痛切に感じ、聖書翻訳にも活動の領域を広げていった。

 盛んな宣教活動とは裏腹に、回心者は数人しか起こらなかった。人々は教会に集まる。

しかし、どうしても決心にまでは至らないのであった。それは、S星の強い共同体意識が

新しい宗教の入り込む余地を与えなかったことを、理由として挙げることが出来る。また

最近では、立花夫妻の伝えた福音が個人の決心を非常に強調する個人主義的色彩が強かっ

たことを、宣教の進展を阻んだ一つの要因であったとする研究結果も発表されている。一

方、言語学者たちの間では、彼らがS星の方言をしっかり把握しておらず、不適切な言葉

を使って現地の人々の心を閉ざしてしまったのだとか、もっぱらパソコンの翻訳機能に頼

り、自分たちが現地の言葉を話そうとしなかったのが間違いだったとか、いろいろなこと

を言う人がいる。しかし、宇宙宣教のパイオニアとしての立花宣教師夫妻の働きは、いく

ら評価しても評価し過ぎることはないと思う。誰しも宣教するときには、自分の持ってい

る教派的背景がある程度そのメッセージを規定することが起こり得る。それに、彼らは言

語学者ではなかった。言葉の面では、彼らは素人だったのである。しかし、スピリットの

面では、彼らは決して素人ではなかった。主を熱く愛するがゆえに、宇宙にまで出て行っ

て、福音を伝えたのである。2人とも、人生50年という言葉通り、そのぐらいの年齢で天に召されていった。S星での働きは、従って10年にも満たなかったのである。しかし、どうであろうか。あれから約120年たった今、S星で活動する宣教師は長期、短期合わせて300人を越えている。教会も成長した。一番大きいのはルーテル教会であるが、そこではつい昨年、初めて教区制を導入することに成功した。他の教会も前進を続けている。これは神の導きと、それに忠実に従った立花宣教師夫妻の働きに負うところが多い。彼らはまさに、地に落ちた一粒の麦であった。彼らの働きが、今大きく実を結ぼうとしている。

そのことを覚え、神に感謝するとともに、私たちは立花宣教師夫妻のことを決して忘れて

はならないのである。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 子どもの頃から物語を書くのが好きだった私は、高校生のとき、原稿用紙90枚近くの小説を書いたのを最期に、その後このように筆をとることはありませんでした。

 しかし、再び心動かされ、神学校で学んでいた頃、恐らく1996年か1997年のことだったと思いますが、このように筆をとったわけです。

 あれからもう23年たったかと思いますが、今読んでも「恥ずかしい」という思いと同時に、胸が熱くなる思いです。なぜなら、ここに私の献身に至るまでのスピリットが記されているからです。

 この作品には、それだけでなく、家内との出会いのいきさつもうまく表現や状況を変えながらちらほらと記されています。また、現在のキリスト教界に対する、私自身の批判も姿を変えて出てまいります。もしかしてピンとこないところもあるかもしれません。それは私独自の考えだからでしょう。

 本当に宇宙宣教が行われるようになるのか…。それは私にはわかりません。しかし、人のいるところどこででも、このイエス・キリストの福音は宣べ伝えられなければなりません。そのスピリットは忘れないでいたいと思っております。

 拙文をお読みくださり、ありがとうございました。

 

1999年受難節に

橘内 明裕

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